会社紹介

「武蔵野電設の歴史、これから。そして想い」

明かりで世の中を明るくしたい。

神奈川県横浜市に拠点を置く「武蔵野電設株式会社」
東日本大震災から5年。さらに東北を明るくしたい想いを胸に2016年、東北仙台にも拠点を新しく持ち、全国を明るく照すため活動されている、代表取締役”千葉智也”氏に武蔵野電設の歴史、これから。
そして想いについてインタビューを受けました。
取材:福田基広 撮影:高橋香織

 

 

自己紹介と想い

千葉(以下 千):会社は、神奈川県の横浜にある、武蔵野電設株式会社の代表取締役をしております。
その傍らというわけではありませんが、「武蔵野デザイン」という事業部を構えており、その中で、照明デザイナーとして商業施設は勿論、イベントのほか、住宅、神社仏閣のライティングデザインの設計を携わっている。という形が今の状況です。

もちろん、会社運営のほうが上ですが、要望を頂いた際に。現在ライティングの依頼が増えてきておりますので、重点的にさせていただいております。

 

──照明を意識するクライアント様は増えてらっしゃいますか?

千:そうですね。明かりの価値をこちらが伝え、その価値を分かっていただく方が増えてきた。と、いうケースが多いです。
今までは基本的に建設会社が照明も一緒に手がけているケースが多かったですが、専門家として「明かり」というカテゴリーを単独で入れる形を今とっており、明かりの価値を分かっていただいてそれを理解して頂けると、それが仕事になっていくのが現在の流れです。

 

──なるほどですね。
その「明かり」に関してですが、「明かり」を独立したデザインの一つとして捉えることにより、どういった変化が起こるものなのでしょうか?

千:一番はですね、心理的要素が多く、人間の脳の90%以上が視覚からの伝達で受ける脳の刺激が多いです。

例えば部屋や店舗でもそうなんですが、明かり一つ変えると集中力が増したりします。店舗によっては売上が変わったりですとか、同様に客単価も変わります。
そういった効果を明かりで演出していく。
要は、明かりの衣装照明とかも勿論なんですけど、その明かりの明暗というか、強弱でそういった心理を使って様々な場所に応じて選んでいく。
だから僕らは照明器具を選ぶんじゃなくて、明かりを選ぶ。

 

──色。なるほどですね。
千葉さんの照明に関する説明やお話をクライアントに行い、そこでご理解を頂いて、クライアントが照明に力を入れていこう!で、照明デザイン依頼を千葉さんにお願いされる、という流れですね。

千:そうですね。

 

──最近ですと学校とかでの公演もされているということで。かなり多岐に渡ってご活躍されてますよね?

千:あかりでは、宮城県仙台市で女性経営者向けに明かりのセミナーは行いました。

 

──明かり。男性より女性のほうが反応しそうなイメージですが、いかがでしょうか?

千:そうですね、やっぱり男性よりも女性の方が明かりに関しては、興味を持ってくださる方が多いのは事実です。
お子様がいらっしゃる方も多く、「子供により良い明かりを提供したいのですが、勉強する部屋にはどういう明かりが良いんですか?」とか「リビングにはどういう明かりを持ってきた方が良いんですか?」などの質問を多く頂きました。
現在は一室一灯型、リビングにUFOみたいなやつがついて、明かりを一灯だけ照らすタイプが多いですが、僕らはそれだと何の芸もないため、一室多灯型と呼ばれるように、例えばサイドにスタンド照明を置いたりとか、あと今はLEDが普及してきて、だいぶその明かりの演出が広がったんです。
一つの灯りで、白い光もできるしオレンジ色の光もできたりするので。

調色調光といいますが、シーンに合わせ、昼間はつけることあまりないでしょうが、夜を時間に応じて日が昇って落ちるみたいな演出を段々と、光で表現することで、部屋にいながら時間の感覚を明かりで捉えることができるんです。
例えば子供がもう寝る時間になるとどんどん暗くするようにできたりもしますし、家族で映画を見たりする時も、シーンに応じてつける明かりと消す明かりを分けることでムーディーな部屋にも演出できたりもできます。
勉強するときの明かり、家族で集う時の明かり、ラグジュアリーにゆっくりしたい明かり。
照明で演出を変えていくことができるようになっています。

 

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病弱な幼少期と東日本大震災。「明かり」に注目した2つの理由

──明かりの大事さといいますか「明かりが変わることによって心理的変化がある」というのを知って驚いたのですが、「明かり」に千葉さんが注目をしたきっかけはございますか?

千:幼少の頃に入退院を繰り返しており、その時にベッドの上からは、天井を見上げるしかありませんでした。
ベッドの上から天井を見上げると、ほとんど蛍光灯の無機質な白い光をずっと受け、物凄くストレスが溜まった記憶がありました。
思い起こすと、それが一つのきっかけです。

そしてもう一つのきっかけは、2011年の東日本大震災を経験したことでした。

東北に足を運んだ際、私の眼の前に広がった光景は、当時ニュースで放送されていなかった、明かりのない生活を強いられてる方、色んな犯罪、事件事故など、実は明かりがないときに犯罪が多発していた事実。
暗い中で生活することは、行動範囲も狭まり、心理的に落ち着かない。
訪問した際、被災者ひとりひとりと携わらせていただき、「人々の心に明かりを灯していきたい」という想いがここから芽生えました。
なので、伝えたい明かりっていうものは、明かりがもたらす心理的効果を中心に、明かりの価値を伝えていきたい!との想いが今現在に至ると考えます。

 

「人のために自分が出来ること」夢中だった野球からボランティア活動

──お話が出たので、幼少期についてお伺いしたいのですが、どんな子供時代でしたか?

千:小中学高校まで野球に夢中な子供時代でした。しかし、高校は途中で怪我をしてあがっています。
高校の野球を途中でやめて、その後何もすることがないので、盲目の子供、耳が聴こえない子供が多くいた児童福祉施設にてボランティア活動をさせていただきました。

この時に「なにか人のために出来ることはないか?」と思い立ち、高校卒業後、薬の医薬専門学校に進学。「人のために何かできることを」を理由に、単純に福祉ではなく薬学、医療を選択しました。
元々、人と話すことは好きでしたので、医薬専門学校を卒業後、薬局で販売員の道に進みました。
その時に、学生時代に夢中だった野球に再びチャレンジしたい!と社会人野球をはじめました。

「生きるためには働くしかない」バックパッカー経験、そして入社。

 

──薬局での販売員、社会人野球を経験し、どういったきっかけで今の武蔵野電設に入社する流れになったのでしょうか?

千:社会人野球球をやっていて、最終的に戦力外通告になりました。当時、父が代表を務めていた武蔵野電設へ野球を辞めた後、そのまま就職するのも嫌で、、、
僕、暑がりなんですよ笑。だから北に上がろう!と思い立ち、”北海道で電気屋を経験する”ところから始めました。

 

──暑がりだから北海道ですか笑!電気屋を経験するというのは、お父様がされていた事業に近いお仕事に就かれたんですね。

千:転職で北海道に3年間。修行みたいな形です。
そして北海道に行って戻ってきてから、すぐ武蔵野電設へ就職はしたくなかったので、バックパッカーしてみよう!と思い立ち、インドに行って、バックパッカーを終えてから今の武蔵野電設に入社しました。

 

──貴重な経験をされたんですね。バックパッカー経験は、千葉さんにとって大きな転機になりましたか?

千:なりましたね。結局、自分は元々、人に使われる仕事はしたくなかったんです。
どんな仕事でも自分でやっていきたいっていう気持ちを強く持っていて。

実際インドに行って、バックパッカー経験を通じて思ったことがひとつ。
旅先でのインドでは日々、人が死んでいきます。昨日話してた人が、今日死んでる。のような、日本じゃ考えられない毎日を体験しました。
そして生きていくには働かなきゃ生きていけないんだっていう単純な気持ちと、もう絶対仕事を一生懸命やって、将来独立しようという気持ちがバックパッカー経験で芽生えました。

 

「やる!やってやる!」赤字企業を立て直すため、大声で叫び続けた新社長

千:入社五年目、29歳で代表取締役になりました。
自分が会社継いだ時、武蔵野電設は自転車商業の赤字企業でした。当時借金も大きな額あって。でもまあ何とか盛り返して。
人数や働いてくれているメンバーもそこまで大きく変わってないのですが、継いで11年たった現在の売上が当時の約2倍くらいにまでなりました!

 

──凄い。そこまで成長されたポイントとはなんでしょうか?

千:営業と、なにより一番力を入れたのは社員教育。
自分は最初、電気のこと何もわからないし、周りも「若造が何言ってるんだてめぇ」って笑。

結局社員教育というか、伝えるということを日々意識をしていたといいますか。
そして本当にみんなが頑張ってくれたからなんですが、今は毎年功績も上がってきて、今年は過去最高益。
電気という中で最大限、社会貢献できることって何だろう?と考えた時に、今までの切っ掛けを形にしていきたい。
という想いがあって現在、色んな所で発信させていただいています。

 

──ありがとうございます。千葉さんの入社してから一番の失敗、苦労話はございますか?

千:失敗は、やっぱり無知だったことですかね。何も知らない。経営のことも知らない。本当にただがむしゃらにやってた。
苦労話ですが、29歳で自分に代替わりした時、親父が丁度60歳。それから5年して、そのまま親父が会長に上がったのですが、親父が65歳の時に退職をするタイミングがあり、退職金を支払わなければならない。

毎月多額の返済をしていました。でも後悔はしていません。大体経営者って亡くなった後に遺族にお金が支払われるっていうのがほとんど。
でも、もし自分が逆だったら嫌だな、という気持ちがあったので、やっぱり生きてる間にお金を使ってもらいたい。その時が一番辛かったですね。
毎月毎月、月末になると支払いで寝れない日々が続きました。

 

──凄い額ですよね。きっと請求…

千:そうですね、月やっぱり4,000万円近く売上がないと。

もうヒイヒイなんですね。もうどうしよう、お金も借りれないしって。
その時にモチベーションが「うわぁぁ!!」って上がったのが今でも記憶に残ってます。

この時から、本当に”ただ、仕事を獲得する!”ってだけじゃなく、クライアントに対する接し方とかクライアントがどういう風に考えているのか、どうやったら武蔵野電設のファンになってくれるのか?を自分なりに手探り状態で考えてやってきました。現在、お陰さまで借金もだいぶ減ってきましたよ。
まあゆっくりですよね。返済してきて。
だから、辛かったっていうのはその時期ですかね。

寝れないしなんか会社も行きたくなくなっちゃう。
だから家でて会社に行く車の中で思いっきり叫ぶみたいな。絶対やってやる、みたいな。
もう言いながら行かないと。奮い立たせないと行けなかった。

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「自分達は、オリンピックを見ない」同業他社との差別化を図る武蔵野電設の未来

──貴重なお話ありがとうございます。千葉さんと武蔵野電設のこれから、をお聞かせいただけますか?

千:現在弊社には電気、電気通信、空調事業があり、それと武蔵野デザインのデザイン設計。今まではBtoBの対企業様のお仕事が中心でしたが、今後はBtoC、エンドユーザーのお客様にもサービスを提供していこうということで、“住まいのお助け隊“というサービスを開始しました。
このサービスが、今後の事業展開では一つの肝になってくると考えています。
理由としては、やはりオリンピックです。

自分の中でLEDとか世間的に普及してきた段階でオリンピックが東京開催決定。
すこし前後しますが「この業界、もう終わったなって」僕は思ったんですよ。もう伸びしろがない。

じゃあ「これからどうやって生き残りをかけていこうか?」を考えた時、ほとんどの同じ業態の電気屋さんはオリンピックを見ています。
人もいっぱい増やし、大きなイベント”オリンピック”に向かっていますが、自分はそこを目指さなくて良いなと。
それより先の中長期に渡って行くものを今から仕掛けていこうっていうところでエンドユーザーのお客さんに目を向けた。

今は世間的にオリンピックという大きな波に乗ってるじゃないですか?しかし武蔵野電設は大波に乗らなくても、小波でも一応、乗っていけるので、その間に出来ることっていうのがやっぱりエンドユーザー。
やっぱり最終的にぼくらを支えてくれるのって地域に住まわれている方たちだと思っているので、そこをもっともっと深掘りしていって、水道で言うクラシアみたいな。
それの電気バージョンみたいなのを。

 

──水道でいうクラシア、ですか。すごくわかりやすいご説明ありがとうございます。

千:「すぐ駆けつけます。住まいのお助け隊!のようなサービスを作りました。
住まいのお助け隊を通じ、BtoBは勿論、BtoCの方のお客様も取り込むことにより、先ほど申し上げた武蔵野デザインのライティングをもっと身近な人たちに伝えていけるチャンスが増えるのでは?と考えました。
店舗、オフィス、商業施設は勿論ですが、やっぱり自分たちが本当に理解していただきたいのは、普段住まわれてるご近所様。明かりで無意識に、あまり知識のない方たちにどんどん”明かりの大切さ”を伝えていくことで、明かりの使い方大切さを知ってほしい。
部屋の内装をするんではなく、部屋の明かりを変えて欲しい。今後事業展開する中で特に、伝えていきたいことの一つです。

 

──神奈川県から中心に広げていくご予定ですか?

千:はい、そうですね。そして、現在、宮城県仙台市に新しく営業所を立ち上げることになりました!

まだ会社には言ってないんですけど。というのもある程度向こうで実績を作ってからどんどん。
中々そういうものも難しいところがあって、それでも向こうの方々のネットワークもご縁を頂いて、今少額ですけど色々もらえるようにもなってるんで、まずはそっちのほうをやっていってみてってところで。

 

──おめでとうございます!
最後に、千葉さんの明かりに対しての想いをお聞かせいただけますか?

千:明かりに対する想い。
武蔵野電設の企業理念が「集う全ての人々の幸せの実現」を目指そうです。
先程も言いましたが、ひとりひとり期待を超える感動をしてもらおう!と、重ね重ね社内外で伝えていますが、”心に明かりを灯す”、というキーワードを想いとしてずっと持ち続けて行きたい。
すこし抽象的ですが、それが僕の目指す所です。

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──貴重なお話、ありがとうございました!

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